人気ブログランキング | 話題のタグを見る
Angel Voice (5)




すご~くお待たせしちゃいました。

<(_ _)>


「Angel Voice」(5)です。


オリジナルストーリーでも
構わないという方はどうぞ…


のちほど、加筆修正あるかもしれません。
お許しを。


チャンイじゃなくて、ごめん。




今までのストーリー忘れちゃってますよね?(爆)
「Angel Voice」(4)はこちら

それより前のお話は、創作文索引から遡ってください。




・・・★・・・

『Angel Voice』


(5)

いつもより少し早めに病院へ行った僕は、偶然にも、例の男と廊下ですれ違った。

振り向いて、彼の後ろ姿を見つめながら、僕は、緊張して息を止めていたことに気がついて、ふぅっと息を吐きだした。


また、会いに来ていたのか…


自分では、どうすることもできないどす黒い嫉妬の感情が、また沸き上がってくる。


どうして、確かめないんだ?

疑惑をもったままで、いいのか?


廊下でぼうっとしている僕に、顔見知りになったナースが話し掛けてきた。


「あの人の彼女…ここに入院されてたんですよ」
「ああ…奥さん、その彼女と仲がよかったですよね…」


「え?そ、そうなんですか?」


僕は驚いて、ナースの顔を見た。


「あら…ご存じなかったんですか?」


「あ、いえ…まぁ…」

(それで知り合ったのか?)


僕は、極めて冷静を装って作り笑いをした。

そんな僕を見ると、ナースは、僕の心の内を知るよしもなく、うれしそうに微笑んだ。


「お互いの病室を行き来していらっしゃいましたよ…」
「でも、彼女の病状が急に悪くなって……」
「彼女を失ったショックなんでしょうね。それ以来、彼、声が出なくなってしまって…」
「彼、歌手なんですよ。知りませんか?CDを出して、やっとメジャーになり始めた矢先なのに、歌が歌えなくなったって…週刊誌には書いてあったけど…私、彼の歌、好きだったんですよ。大丈夫ですよね?」


「さぁ…」

(そんなこと知るかっ!)


ぺらぺらと話すナースを、僕は、憮然とした顔で見た。

実際、彼が再起できようが、できまいが、僕には全く関係なかったし、関心もなかった。


「あ、わかりませんよね。私ったら、つい、おしゃべりしちゃって…」


「……」


僕が無言で会釈すると、ナースは、逃げるように急いで去っていった。


そんなやつが、なんで他人(ひと)の妻にちょっかいを出すんだ?


僕と妻の大切な時間が、汚されていくような、苛立ちを覚えた。


歌手?

あの男が?


そういえば、妻のもっていたCDの中に、ナースがいっていた彼の名前があったような気がする。


あいつ…

恋人の友達だったから、接近したのか?

ファンだったから、親しくなったのか?


少し前、僕が林で目撃した光景が目に浮かぶ。

僕の知らない妻の姿。


そういえば、あいつ、歌を歌っていた…

声が出ないだって?

うそだろ?

わからないことだらけだ…

彼女に本当のことをきかないと…

いや…

やましいことがなければ、今までのことを話しているはずじゃないのか?

なんで話してくれないんだ?


僕の胸の中に、ぽつんと落とされた疑惑というシミは、みるみる広がって僕の胸を覆い尽くしていく。


もし、話してくれなかったら?

いや、やっぱり、きかなきゃダメだ。

たとえ、問い詰めたって…

でも…


僕を愛してると言った同じ口から、違う言葉をきくのは、僕が耐えられそうになかった。

廊下をぼんやり歩いている僕は、呼び掛けられて振り向いた。

妻の担当医だった。


「ああ、ちょうどよかった。今、お時間、いいですか?」


「あ…は、はい」


部屋に入り、戸惑いを隠せず、おずおずと椅子に座る僕に、担当医が無表情にいった。


「奥様の状態ですが…」
「腹水もかなりたまってきていまして…痛みも薬で緩和できる状態ではなくなってきています。ご本人も、かなりつらいのでは…。これからは、いつ危険な状態になるかわかりません」
「連絡はなるべくとれるような形にしておいていただければと…」


僕は、ごくりと唾を飲み込んだ。


「それは…もう、覚悟しろということですか?」


「ええ…」
「それで…奥様には、伝えてありますが…その…仮に心停止した場合、どこまでの蘇生措置をご希望かということを決めて置いていただきたいと思うのですが…」


「蘇生措置?」


ターミナルケア(終末期医療)のこの病院では、基本的に延命措置をしない。

だから、患者が心停止した場合、どのような方針でいくのか前もって決めておいてほしいというのだ。


「妻は、なんといっていましたか?」


「何もしないでほしいと…」


「わかりました。彼女のいうとおりに、お願いします」


「では…そのように」


僕は、目を伏せて会釈をすると、ふらふらと立ち上がり、部屋を出た。


覚悟なんて…

とっくにできてるさ…


廊下の壁にもたれ、吐き捨てるようにつぶやいた途端、胸にたまっていた熱いものが、こみ上げた。

まばたきをすると、涙となってぽろぽろとこぼれ、あわてて、ごしごしと拭いた。

僕は、動揺を隠すため、軽く深呼吸をすると、妻の病室の扉を開けた。

妻はベッドで眠っていた。

安らかに寝息を立てている彼女の白い顔を見ると、この瞬間は、痛みから解放されているのだと安心する。

さきほどまでの僕の中の邪念がとり払われ、心の底から、妻への愛しさがこみあげて、すっかり艶のなくなった彼女の髪をそっと撫でてみた。


僕の指先に触れるこの髪…

この唇、細い首筋…

僕が愛した存在が、もうすぐ永遠に消えてしまう。


急に怖くなって、彼女が息をしているか、確かめるように顔を覗き込んだ。


ああ…

僕のために、もう少しだけ、時間をください。


そして、今、まさに命の火が燃え尽きようとする瞬間、誰に心を寄せようとも、かまわない気がした。


――それが、彼女の望むことなら、彼女の好きにさせてやりたい。


それが、死にゆく妻に対して僕ができることのような、そんな気すらしていた。

いや、たぶん、そんな風に思わなければ、嫉妬に苛まれた僕は、彼女の前に本音をぶちまけて、醜態をさらしていたにちがいない。

最期を迎える妻を前に、僕は、いい夫でいたかった。

そして、なにより、僕たちに残された短い時間をそんなことで煩わされたくないと思った。

僕自身のために。



それ以来、僕は、彼女が思い詰めて何か話そうとする機会を、わざと何度も避けた。

僕の彼女への愛、いや執着心が、強くなればなるほど、ますます、彼女の心の中を覗くのが怖かったのだ。



・・・・・・・・・・



この日、病室に入ると妻の姿がなかった。


あんな体で、どこへいったんだ?


あわてて、部屋を飛び出した僕に、廊下の向こうから車いすに乗せられた彼女が笑いながら手を振っていた。

急いでそばへ行くと、「車いすって、便利よ!」と彼女が悪戯っぽく笑った。


「ばか!心配するじゃないか!」


僕は、ムキになっていた。


「出歩いて大丈夫なのか?つらくないのか?」


「あなたったら…」
「大丈夫よ。今日は、気分がいいの…外の空気が吸いたいわ…」


「本当に大丈夫?」
「わかった。少しだけだよ…」


車いすを押しながら、もう自分で歩くことができなくなった妻の姿に胸が締め付けられた。


「あなたに押してもらうなんて…すごく幸せ」


茶化す彼女の明るさが、愛しくて、哀しかった。


「少し風が冷たいだろう?もう、戻ろう」


僕は、彼女のひざかけをかけ直し、着ていた自分のジャケットを彼女の肩にかけた。


「あなたの匂いがする…」


そのとき、彼女が泣いた。

入院してから、初めて見る妻の涙。

彼女は、両手で顔を覆って、肩を震わせた。

僕は、彼女の前に跪き、両手を伸ばしてそっと抱きしめた。



まもなくして、妻は、逝った。



・・・・・・・・・・



死を迎える直前の数日間は、薬でも抑えきれない痛みに耐える彼女のそばに、僕は泊まり込んで付き添った。

やがて、落ち着いた彼女が、「今日は気分がいいから、いったん、家に帰って」といい、言うとおりに帰宅した僕に、病院から、容体が急変したと連絡が入った。

僕は、急いで病院へ駆けつけた。

病室に入ると、すでに彼女はこん睡状態だった。

僕は、彼女のそばにより、耳元で、名前を呼んだ。


まだいやだ!

こんな風に別れるなんて!

戻ってきてくれ!

逝くな!

逝かないで…


彼女の心臓の鼓動が、だんだん弱くなっていく。

みるみる心拍数がゼロになり、ほんの少し波打っていた心電図の波形は、やがて、まっすぐになった。

覚悟はしていたものの、苦しんでいた数日から考えると、あまりにも突然に訪れた静かな死だった。



身内だけで済ませたひっそりとした葬儀のあと、僕はひとり、部屋に帰ってきた。

妻のドレッサーに香水の瓶が残されている。

気に入った香りを見つけたのと言って、めずらしく香水を買ってきた彼女が、僕に悪戯っぽく振りかけて、本気で怒ったことを思い出した。

フッ…

僕は急に息苦しさを覚えて、ブラックタイをシュッとゆるめた。



『あなたにはいろいろ遺してあげたかったけれど、限られた時間で考えた末、やっとふさわしいものを見つけました』


僕に遺されたのは、短い遺書だった。


なんだよ、これ。

なんで、もっと書いてくれなかったんだよ!

仮にもライターの端くれじゃなかったのかよ!

最後くらい…

僕のために…

書いてくれたって…

やっぱり僕のことなんか…

何でもなかったのか?

これじゃ…泣けないじゃないか!

ばかやろう!


僕は、妻の遺書を思わずクシャクシャにしてしまい、あわてて、テーブルの上で丁寧に伸ばした。




to be continued…


・・・★・・・


読んでくださってありがとうございます。


すごくお待たせしちゃいました。
ごめんなさい。

実は、ラストまで構想は練れていたんですが
間をつなげないと
あまりにも韓ドラみたいに
不親切な展開になりそうだったので。(笑)


ひとり残された「僕」

疑惑を残したまま
妻は逝ってしまいました。


次回はラストです。
たぶん。

お楽しみに。




by leejewel | 2010-06-14 20:03 | オリジナル「Angel Voice」
<< お知らせ。 ひとりごと。 >>